逍遙園は高雄市にある日本統治時代の古蹟です。大変見ごたえのある施設ながらあまり知られていないようなので取り上げてみたいと思います。

この建物が建てられたのは終戦間際の1940年、華族であった大谷光瑞の別邸でした。この大谷光瑞という人物は検索していただくとわかりますがすごい経歴の方で、本真宗西本願寺第22代法主であり大正天皇皇后の姉と結婚したことにより華族となっており、孫文の最高顧問・冒険家など肩書は枚挙にいとまがありません。

そんな大谷氏は台湾総督府に見込まれ台湾を調査、その後将来性があると見込んだ高雄に農園を造りその傍らに建てられたのが逍遙園です。終戦後は眷村(軍人居住区)の一部となり、その後廃墟となっていましたが修復され2020年から公開されています。

地図を頼りに現地へ行くと住宅地の中に開けた土地があり、その中に目指す逍遙園がありました…が入口が見当たりません

反対側に回ってみると大木の下に入口がありました。入場は無料です

こちらは建物の裏手、つまり何故か裏口から入ってきた形になるのですがこれは都市計画の変遷により表側に入口が設けられなかったことによるもの。ただ見た感じ十分にスペースはありますし、無料施設なのですから出入口を設けてもいいと思うのですが、難しいのでしょうか

どことなく寺っぽさのある建築様式に法主の別邸らしさを感じます

表に回ってみました。他所では見たことのない独特な様式美があります

こちらの家紋は籌子夫人が九条家から持参した下り藤

車寄せ

丁度定時ガイドのアナウンスが入ったので参加することにしました。最初は私一人でしたが歩いていくにつれどんどんお客さんが増えていきました

こういった施設では話を聞くのと聞かないのでは面白さがまったく違うので(中国語がわからないとだめですが)是非参加されることをお勧めします

まずは2階へ上がります

左手に靴置き場があり、そこへ脱いで中へ

ここはダイニングルームで左の窓の奥が厨房です

今はとても綺麗に修復されていますが、別室にあった解説モニタを見ると元は完全に廃墟で関係者の相当な努力があったことが伺えます

床のタイルを見ると色が違っており、上が当時からのもので下が修復時に交換されたものです。新しい方がわかりやすいですが、よく見ると模様に卍が含まれていることがわかりますでしょうか?

襖も同様に左が当時のもの、右が交換されたものです

こちらでは大谷氏や建物の歴史が紹介されていますが、壁の模様が強烈なインパクトを放っています。これは歌舞伎の市松模様が由来

その中に場違いな落書きがありますが、これは眷村時代に描かれたもので歴史として敢えて残しています

別の場所にも落書きあり、当時これを描いた子供もまさか後年このように大公開されるとは思ってもみなかったでしょう

厨房。農園で働く人達の分を作るのでかなり大きいです。左に向かって傾斜がつけられており、排水できるよう工夫されています

続いて外・1階へ。当時水道事情は良くなかったためタンクが設置されていました(こちらは修復されたレプリカ)

当時の世相を反映してこのような施設も。防空壕です

木材には総督府から提供されたことを示す刻印があり、こういうのは解説を聞かないと気づかないですね

ガイドでは入らない部屋もあるので後でもう一度じっくり一周。大変満足のいく施設でした