國家廣播博物館は嘉義縣民雄鄉にある台湾唯一の放送博物館です。日本統治時代の民雄放送所を前身とし、戦後も長く使われた後博物館となりました。
近くにある招待所とともに2回に分けて紹介いたします。
博物館までは民雄駅から徒歩16分ほど。十分歩いていける距離ですがUbikeを使ってもいいと思います。バスはありません。
放送所までのこの道は当時唯一の舗装道路だったそうで、かなり重要視されていたことがわかります

到着しました

看板がなければ一般人立入禁止の政府機関に見える入口。もちろん自由に入れます

戦前の建築にしては比較的おとなしめの外観ですが、空襲対策で派手さをなくした可能性もありそうです

入場料を支払って中へ入りますが専用のチケットはなく手書きの領収書が出てきました。入館者はあまり多くないのかもしれません。
紹介ビデオには日本語版もあり、その後館内を案内してくださるなどなかなかの新設対応です

構成の都合上まずは2階から紹介します。階段脇には歴史紹介コーナーがありました。多数の来客があるような施設ではないためか階段自体は実用本位な造り

ただその中でも上がったところの床面は市松模様のタイルでお洒落な感じでした

左右に部屋があり放送史などの展示があります

こちらは放送室

これらは効果音を出す道具。テレビが普及する前はラジオドラマが重要な娯楽でその背景で使われていました

ペンキまみれのヘルメットは放送塔の塗装作業をする職人が使っていたもの。過酷さが伺えますね

そして奥の部屋が放送局の心臓部となる送信機室です。中央に鎮座するのが1940年に作られた日本電気(NEC)製100kw送信機で、5台が製造されたうち現存するのは台湾の1台のみ



業務用の無骨さと美しさ、そしてレトロ感が同居していて見入ってしまいます

電気機器好き少年だった身としては大変そそられます

真空管がまた良き

裏側で見逃してはいけないのがある2つの弾痕跡。米軍の機銃掃射で窓を貫通した弾が命中し穴が空きました

隣に展示されている米国製送信機もなかなかのもの

バックトゥザフューチャーあたりに出てきそうな感じがします

床が一箇所だけガラス張りになっていて無数のケーブルが見えるのも地味に気になるポイント。非常に整った表面とは対照的に裏の配線はすごいことになっていそうです

(後編へ続きます)