眷村(かつての軍人・公務員集落)を紹介するシリーズ、今回は台南の水交社です。通常眷村の名称は「××新村」となるのがほとんどですが、ここはそれとはまったく異なる水交社という名称です。これは元々戦前この場所にあった日本海軍の親睦団体が使用していた名称でした。それが戦後も引き継がれ定着、その後他の眷村同様空軍志開新村という名称に改称されるものの通称として残り、現在も地名・施設名として使われています。
Ubikeで現地入り。見た目は公園のようでゆったりした印象を受けます

廃村の際ほとんどの建物は撤去されましたが日本統治期から残る8棟が残され、観光・展示施設となっています

中に入ろうとすると足元にマンゴーが落ちていることに気づきました

これは誰かが落としたのではなく、この木に生っていたもの。何故か眷村にはマンゴーが植えられていることが多く、高雄や桃園でも見かけました

全てではありませんが公開されていて見学可能な建物があり、それらを簡単に紹介していきます。まずこちらは水交社歷史館

その名の通り水交社の歴史が年表形式で紹介されており、模型や修復時に出土したものなども展示されています

こちらは過去の企画展の紹介

続いて水交社展演館へ

主な展示内容は眷村の生活で、他の眷村と似たような感じです

こちらは美軍俱樂部(米軍クラブ)関連展示。当時米軍と深い関わりがあり、舶来品を売る店やアメリカンスタイルのクラブなどが見られました

そして眷村には必ずある展示「当時の食卓」。今度各眷村ごとに違いがあるか比較してみたいですね

次は眷村主題館

ここは建物の展示と商品販売を融合させた感じになっているようです

解説がないため詳細はわかりませんが、ここは当時からこのように低くなっていたのでしょうか?(台北に似たような場所があり、そちらは伝統芸能の鑑賞場所として使われていました)

言われないと本物と間違えそうなお祝い菓子を模したノート

建物自体も見学した中で一番見応えがありました

ほとんど新築のこの建物は記念品の売店


オリジナルグッズがかなり充実しています

インスタント麺ですが昭和の子供が遊んだ模型飛行機のようなデザインのパッケージがいいですね

ほかに眷村食堂という飲食店が入った建物もあり、見る・買う・食べるが一か所でできるようになっていました
さて、ここまでは日本統治期からある建物群を見てきましたが少し離れた後に戦後建設の住居跡があります。こちらは建物がすべて撤去されていて路地や門だけが残されています


こちらの路地はほぼ完全な形で残っていました

最後に桂子山を紹介して終わりたいと思います。桂子山は敷地内の東側にある小さな丘で、戦前に設けられていた防空壕が戦後改装され軍の通信室となりました

軍事施設らしいコンクリート製の頑丈な造り

当時は宿直用の簡易宿泊設備もあったそうです

一般的な観光エリアからは少し外れてしまいますが、訪れる価値は十分あるかと思います